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社長のブログ

今年の流行語大賞!想定外!

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ほとんどの坂の途中にある津波浸水想定区域の標識は震災後にできたのではありません。
役所の職員に聞いたら、そうとう前からあると言ってました。
すべては想定内のできごとです。
この標識より高い所へ逃げれば助かることはほとんどの人が知っていたし、これより低いところは津波に飲み込まれることが、過去の事例から充分わかっていたのです。
わかっていながら、人はなぜ自然に逆らうのか?
そして、東電も政治家もまったくの想定外と責任逃れのいいわけ。
またこの津波浸水想定内に街をつくるのでしょうか?

2011 年 5 月 16 日 月曜日

被災地支援

大型トラック2台、4輪駆動車7台で詰めるだけのものを積み込んで、被災地に行ってきました。

大きなものでは軽自動車2台、自転車8台、洗濯機2台、大型テレビ、食糧、洋服、本、おもちゃなど、段ボール箱は300箱以上ありました。みなさまの善意、ご協力に感謝いたします。

2011 年 5 月 10 日 火曜日

車の音!

私はハーレーの音が好きだ。

ドロッドッ どろッドッ ドロッドロッドロッドッーーーーー。

排気音イコール暴走族みたいなイメージを持っている人たちには受け入れられない音なのかもしれないが、
車やバイク好きの大人が好きな音質というものがある。
そのために吸気の方式を変えてみたり、
排気管の繋ぎ方を変えてみたり試行錯誤するのだ。
古い車においては、それこそ、同じようにやっても、同じ仕上がりにはならない。
まったく同じ部品も手に入らないし、エンジンのヤレ方がみんな違う。

そしてハーレーと同じ感覚でジープという車が好きだ。
今このジープのエンジンが悲鳴をあげている、
だいぶ前からオイルの消費が激しかった。
10年前からオドメーターはうまく動かないが予測30万kmは走っているだろう。
そんなに古いのかと思われるが、
まあ、30年も40年も前の車ならノーマルパーツが手に入らないのはやむをえないが、
オリジナルのエンジンが好きだ。AMC304という30年も前のエンジンだ。
車なんてただの足だよ、
燃費が良くて、荷物がいっぱい積めて、人がいっぱい乗れて。
かっこよければいいのさ、
そういう人の方が多くてまともだと思う。
私は乗っていて楽しい車がいい。
そして安くて(古いからだけど)頑丈、
前から後ろまでぶっとい鉄骨が走ってるから前後を大型トラックに追突されても大丈夫。

苦痛になってしまいがちな通勤時間。
都心ではアクセルを踏んでいる時間より、ブレーキを踏んでいる時間の方が長い。
自宅からオフィスまでたった15km。
1時間半かかることもザラにある。
乗ってる距離に対して時間があまりにも長い。
ただ乗っているだけでは苦痛になってくる。

私は、生まれて初めてオートバイに乗ったときの感覚を、
いつも味あわせてくれるこの車が大好きだ。

電車通勤は嫌いだ、
満員電車はそれこそ痴漢の冤罪まで危険をともなう(笑)

今、ハイブリッド車の無音が危険と騒がれているが、
常に両耳を音楽で塞いでいる人たちには普通の車の音でも聞こえない。
お年寄りや耳の不自由な人には車の気配は振動と大きさなのかもしれない。
今まで普通に車を音でとらえてた人がとまどっているんだろう。
たしかに私も自転車にのってると音もなく近づいてくる車にはドキッとさせられる。
我が社にもハイブリッド車が2台ある。
必要なときホーン以外に好きな音を出せる装置は売れると思う。
私ならハーレーサウンドを奏でたい。
ドロッドッ どろッドッ ドロッドロッドロッドッーーーーー。

2009 年 7 月 17 日 金曜日

アメリカ話!

職業病というやつだろうか
どこへ行ってもその地の水道設備は見てみたい。
ドットデザインをもっとクリエィティブにと思うからデザインもなおさらだ。
そして、
水漏れに対する姿勢には敏感だ。
住んでる人と直す人両方に興味がある。

共通するものはなんだろうか?
違うものはなんだろうか?

そして次から次と水漏れを探してしまう(笑)
アメリカの水道屋を儲けさせる為に。

いつか、この地に生活水道センターをおったててやろうじゃないの。

日本のさや管ヘッダーシステムのサンプルをみやげに持っていった。
さすがにアメリカの水道屋にも興味深いらしい。

こんなもの本当に使ってるのか?
ああ、15年以上も前から日本では使ってる、
私の家の配管もこれだ。

どこでも使えるのか?
もちろんアメリカでも使えるさ、なんなら、
日本から輸入して商売にしてみるか?

いや、止めとこう。
そんな100年も200年も水漏れしないものを使ったら、自分で自分の首をしめることになるからな。

わははは、さすがはアメリカ人だ、
おいらはそういうところが好きさ。

I LOVE AMERICA!!

2009 年 6 月 11 日 木曜日

ドッグランとマウンティング!

世の中の少子化が進む中、ペットを飼う人が急激に増えている。
そんななか、親バカならぬ犬バカも多い。

私もそうとうな犬バカである。
私の犬たちはドッグランが大好きである。
少なくとも私はそう思っている、犬たちが帰りたがらないのが一番の理由だが。

私の一匹の犬ジャックは、とてもヤセッポチだ。
生まれてすぐ親兄弟と引き裂かれ、ペットショップで6ヶ月を過ごし、まもなく亡きものにされようという寸前に私が買い取った。

ドッグランはノーリードで犬を遊ばせられる場所だ。
そして多くの犬たちと触れ合える、
私の犬たちにとっては天国のような場所だと思っている。

私の犬たちはマウンティングが大好きだ。
マウンティングを嫌う人がよくドッグランの運営者に苦情を言う。
そうすると運営者側は私にやめさせるように説得しに来る。

マウンティングという行為を知っている人は多いが、勘違いをしている人が実に多い。

見てくれは性行為そのものであるがメスがヒート中である場合以外はレスリングでバックをとる(バックを取ったら得点だし優位に立てる)ようなもの、自分のほうが相手よりも強いことを示す示威行動というのが一般解釈である。

だからメスがオスに対してマウンティングをすることも普通にある。
(これ自体知らない人が多い)

私は科学者でもないし、犬の言葉が分からない。
少なくとも分かっているふりをするつもりもない。

その行為を人間社会にあてはめてしまうことに問題があると思う。
その行為を嫌がっているのは、犬ではなくあなたでしょう?
ほんとうにイヤなら犬は逃げたり怒ったりするでしょう?
その場合あなたが嫌なら助けておあげなさい。
それで怒ってマウントした犬が噛まれてもそれはマウントした犬の問題です、少なくとも人間社会より単純な弱肉強食の世界ですよ。(おっと、知ったかぶりになってしまうか?)

ハレンチ?子供に見せたくない?
それはあなたが犬の知識も人間の性教育もできてないだけです、ドッグランに子供を連れてくるのをやめなさい。(私に言われる筋合いじゃない?ごもっとも)

私が言いたいのは、

あなた、ほんとうに正しいですか?

あなたのエゴを他人の犬に押し付けないでください。
ということです、なんでも鵜呑みにして自分の信条を他人の犬に。

このことについてドッグランの運営者側と話し合い?になった。
どうも苦情を言った側が優位のようだ、苦情には対処するしかないし、運営者は噛み癖や人に迷惑をかける行為と判断するしかないと言う。
マウンティングが嫌いな人は苦情を言う、その人の犬はどこにいたのか、果たして犬を連れていたのかさえ分からなかったが。
私は私の考えを言う、

人に迷惑をかけましたか?
犬に迷惑をかけましたか?
マウントしてる犬もマウントされてる犬も両方とも私の犬である。

人間ならば公衆の面前で裸になっただけで逮捕されてしまう、
が、人間社会には裸どころか世にも恐ろしい犯罪が垂れ流しである。
犬はもともと裸である。
一見、性行為にしか見えないマウンティングという遊びはそんなに人間が介入してよい禁止行為だろうか?
人間のエゴで、犬にとっての遊びを止めさせるのは虐待かもしれませんよ?
そこのあなた、虐待という言葉には反応しますよね?

避妊、去勢手術にもいろんな意見がある、
手術自体のリスクも非常に大きい、
他人の犬に去勢手術を強要するあなた、
完全にあなたはおかしい、
狂ってますよ。

そして去勢したオス犬も、避妊したメス犬もマウンティングしますよ、これは事実です。

そして、ドッグランにマウンティングをする犬が10匹を超えるころには、誰もなにも

言わなくなるのは何故でしょうね?
さっきまで文句を言っていた人まで、すごい腰の振り方ですねと豹変する(爆笑)。

私の犬たちのしつけができてないというあなた。

日本有数のドッグトレーナーの愛犬だって興奮したときは飼主の命令を聞かないこともある。
私は何度かそこに通ってトレーニングを学んでいたが、
お手本にすべきトレーナーの愛犬が単純な命令を聞かなかったのを見て、しつけを止めた。

事故は興奮したときに起きるものだ。

動物のしつけは、ほとんどが人間のエゴである!

私は犬のしつけは殆どが役に立たないと思っているから、
他人、他犬への噛み付き以外は自由にさせている。

すべからく
自由と自己責任はついてまわるものであるが、
人間社会の複雑さを犬の社会にまであてはめようというのはいきすぎだろう。

とかく日本では遊びやレジャーについてまでも規則でがんじがらめだ。
昔に比べると公園や広場、海岸、河川など、
だれでも自由に遊べるところにまで規則規則、ここではこれはしちゃいけない。あれもいけない。
自由とはすごく狭められた範囲で規則どおりにモノゴトをおこなうことなのか?
管理者は言う、
事故を未然にふせぎたいからだ。
だれもがたのしめるようにだ。
嘘だ、まやかしだ。
自己責任というものをとりあげることによって、
役人らしい体のいい責任逃れをしているのだ。
人間の道徳観念をないがしろにし、
マルペケ式で管理しやすいようにする判断できない人たちのタワゴトだ。

人間らしさがどんどん失われていくような気がする人は多いだろう。
近未来の映画や小説はほとんどが、
規則でがんじがらめの機械化された社会だ。
あれらは、
このまま社会が進めばこうなってしまうという原作者の警鐘だということを理解したい。

正しいドッグランのあり方を考える会
動物愛護という言葉を使う人間のエゴを考える会
動物社会と人間社会の違いを考える会
人間のエゴを動物に押し付けない人を育てる会

代表 濱本孝一

2009 年 5 月 11 日 月曜日

年金廃止!

麻生総理もいいこと言ってたときがある。

厚生年金も国民年金も廃止して税金でまかなう。
これの財源は消費税でまかなう。

不透明きわまりない、
自殺者も出ている、
最悪の自転車操業の年金、
成り立たなくなるのは算数ができる人には誰の目にも明らかなのに、
問題を先送りにしている天下の悪法。

老後の問題がクリアできれば消費も増えるだろう。
先行きの不安があるから、消費しないで貯金するしかなくなる。

何に使われるか判らない税金ばかり、悪人にしか回っていかない税金。

極悪の社会保険庁を完全に廃止すれば、相当の無駄がなくなる。
将来還ってくる年金のための消費ならば使いでもある。
消費税アップも納得できるようになる、
もちろん、政府、完了の無駄をいっさい潰してしまっての話だが。

ドラスティックに行こうじゃないの、麻生さん!

なぜ、それができないのか?
政治家はできないことばかり言う。

国民の納得行く税金の使い道を示せ!

2009 年 2 月 6 日 金曜日

求めること、求められること!

自分が相手に求めること。
相手が自分に求めること。

自分以外のヒトが求めることを推し量るのは容易ではない。

ひとはうまれながらにして、自分自身に求めることよりも自分以外のものにより多くのことを求める。

生まれたばかりの赤ん坊が母親のおっぱいをほしがるのが最初。
赤ん坊は求めるものが手に入いらなければ泣けばいい。
自我が目覚めると、泣くだけでは何も手に入れることができないことを学ぶ。

子供の欲求を満たしてくれるのは親であることがほとんどだが、
学校に入るころになると、
もっと社会性のあるもの、
友達であったり、集団のなかでの自分の立場、スポーツや児童会生徒会などの集団の中での自己の確立を欲するようにもなる。

青年期になると、自己の証を求める傾向は高くなっていく。

これがいったん、落ち着きをみせる頃あるいは同じ時期に異性に対して求めることがでてくる。
親に求めることが少なくなるかわりに、異性に自分を認めてもらいたくなる。

人間にはたくさんの思いがあり、それぞれの個体が求めるものと、合致するような個体を見つけたときに惹かれあう。
それは社会においてもあてはまる。
自分に合った仕事、社会。
どこかで妥協はするものの、今をそして未来を考えられる環境を求めるものだ。

天職にめぐり合う、理想の人と巡り合うことはすばらしい。
そのために努力もする。

自分を磨けば、良い相手にめぐり合う確立も大きくなる。
気持ちが通じ合うというのはいいものだ。

幸せを感じるときは、すべからく居心地のいい空間、安らげる時間だから。
人間関系も仕事との相性も、
自分を変えることによっていい方向にもっていけるものだ。

自分が求めるものが手にはいるよう、自分自身が気持ちをいれなければならない。
求めることはかんたんだが、
求めるものを得るには少しばかり、努力が必要だ。

笑顔を求めるには、
まず、自分が笑顔をつくろう。
相手が自分の求める方向に動いて欲しければ、
相手が求めるものを知らなければならない。

生きてきた環境も考え方も違う人間同士がに同じモノサシを使うことはできない。
相手のモノサシが違うことを知ろう。
それが出発点だ。

反面、
あうんの呼吸というか、何も言わなくても同じことを考えているんだなぁって感じられることがある。
これは大事にしたい。

2009 年 2 月 3 日 火曜日

お金と知恵!

幅ひろく、世間を渡っていくという能力。
人よって生きる世界はまったく違うし、八方美人である必要はない。
しかし、自分の生きたいように生きていくには、それに適した能力が必要だ。

自分自身はどうだろう。
ビジネスパーソンにはビジネスのセンスが必要であろう。
大前提として、金銭感覚は重要だ、ビジネスの目的の半分以上は金儲けであることはいなめない。

金銭感覚は子供のころからの積み重ねもある。
親が模範を示せるか、自分自身で身につけるものかは人それぞれのセンスもあると思うが。
お金の使い方を教えるのは難しい。
足し算引き算掛け算割り算ができればこと足りるが、
微分積分ができてもお金の計算ができない人は多い。

欧米では当たり前のようにおこなわれているらしい、マネーという道具の使い方の教育、日本ではいっさい学校では教えない。
お金のことを口にだすのは卑しいという考え方があるのも国民性の違いであろう。
それゆえ、実社会にでた時に、いざ収入と支出を自分で管理しなければいけない立場になったときに対処できない。、
マネーに対する教育を受けたからといってどうなるものでもないこともある、、ノーベル賞クラスの金融工学を駆使しても今回の金融危機はさけられなかった。
道徳観の欠如、これがいちばんだろう。

結局知識ではなく、知恵だ、
では知恵とはなんだろう。
そしてそれはどうやって学ぶ、身につける?
親が子に伝えられるか?
子供の頃は親が一番の教師だ、学校教育現場の不信感は子供ですら感じるものがある。
人前ではいい言葉を並べても裏では悪いことをやっている人間もいる。
若者がすぐ人間不信に陥るのも自分自身を確立していないからだ。

経済的に安定すれば心に余裕が出てくるのも事実だ。
無いと不便このうえないもの、それがお金という道具だ。

生きていく能力、これは人生を楽しむということ。
この世に生を受けたからにはみな幸せにならなければいけない。
そして自分自身が幸せな人間でないと周りを幸せにはできない。

一時の快楽におぼれず、究極は死ぬまで、死ぬときに幸せと感じながら人生を終えるだろうか?
というところまでいく。

ラッキーな人生、
努力を重ねる人生、
失敗をおそれず、糧にして前へ進める生き方。
テレビや映画などに影響されやすい環境ではあるが、
現実と作り話を混同せず、
自分のこころをもち、未来を創っていこうとする強い意志が必要だ。

お金はたんなる道具だ、振り回されてはいけない。
無いと不便な道具ゆえ使い方がある、
使い方を間違えば、危険このうえない。

正しいお金にたいする考え方を持ちたいものだ。

2009 年 1 月 30 日 金曜日

オバマ新大統領は何を思う!

世界中がオバマ新大統領に期待をしている。
これはとりもなおさず、アメリカが世界のリーダーたることを物語っている。

期待と批判にどう舵取りしていくか?

世界規模で考えなくてはいけない問題が山積みなのは事実である。
だが、あまりにも多くの国がアメリカに期待しすぎている。
金融危機の行く末をほぼアメリカにゆだねているのではないか?

確かに今回の金融危機はアメリカが発端である。
しかしそれにただ、ばかみたいにのっかってしまった世界中の金融マーケットは打つ手はないのか?

日本の政治家はまったくマーケットを理解していないし、
まったく、チェック機能を持たなかった。

景気浮揚のためにすべきこと。

もっと単純にやってもらいたい。
税金の無駄使いを止める。
いらない省庁はいっぱいある。
天下り特殊法人をなくす、ほとんどいらないものばかりだ。
これらは税金の垂れ流しであることは誰でも知っている。

利益を生み、税収アップを望める分野への予算投入、減税。
それは民間企業に他ならないのだ、国も役所もまったくビジネスセンスが欠落している。

シンプルに考えよう。
政治家、官僚、一部の大金持ちのための政策は今すぐ止めよ。

全体浮揚なくしては、同じ間違いの繰り返しになることは目にみえている。
バブルや危機を何度繰り返せばいいのか?
人間はそんなにも愚かなのか?
政治不信はいつまで続くのだろう。

オバマ氏がどこまでやれるのかはわからない。
今までの大統領よりは一般大衆の考え方ができる人物であるとは思う。
しかし、政治の世界はあまりにもどろどろとした権力争いの場である。

世界を動かしているのはイデオロギーでも、正義でもない。
一部の権力者なのだから。

大衆にとって良いことをすればするほど暗殺される危険も増大する。

今彼は何を思っているのだろう。
この先、彼はどう動くのだろう。

興味はつきない。

2009 年 1 月 23 日 金曜日

オバマ大統領の演説、感動!

オバマ大統領の言葉をこれからのアメリカを感じるために250万人が集まった。
日本で置き換えると110万人、
イギリスやフランスなら50万人が、
1人のトップの演説を聞くために集まるだろうか?
テレビの視聴率など全世界でどれだけの注目を集めたか計り知れない。

理想を真理を誰もが言える、共有できる国だと感じる。

とてもわかりやすい言葉で、世界中が注目する中で、オバマ大統領がこれからのアメリカを発する、
今これだけ人心を掌握している人間がいるだろうか?

日本の政治家も国民が意気昂揚するような発言をして欲しいものだ。

私もホームページ上でメッセージを発している。
これはお客様に対してではなく、
仕事を同じくする人たち、
志を同じくする仲間たちへのメッセージでもある。

個々が自分だけのことを考えているだけでは、今とても厳しい。
人と人が本来あるべき繋がりをもって同じ方向に進めば道は開ける。

個々人の力には限界がある。
心の弱さや、からだの不調、諸々の問題を抱えながら人生を歩む者同士が力を出し合い、

共に歩むべきだと気付いてもらいたい。

仕事も政治も1人1人が動かねば大きな流れはおこせない。
みんなの力が流れをつくるのだ。

起爆剤はテレビの中で終わってはいけない。
アメリカは良くも悪くも世界を動かしてきた、
これからもそうであると思う。

アメリカも、
日本も、
政治の世界も、
大企業も、
中小企業も、
すべて個人一人一人の集まりなのだから。

2009 年 1 月 22 日 木曜日